タイトル

二の糸 A

この「お兄ちゃん」を【ぼんくら】と呼んで久しい。
頼りになる兄貴になって欲しかったのに・・・
「兄ちゃんのようにはなりたくない!」
双子にとってまるで反面教師のような存在。
「お兄ちゃん」は面倒を起こす問題児

世間はみんな大学へというご時世。
私は負け惜しみではなく、勉強だけがすべてではないと思っていた。
勤めていた職場で「某国立大学卒」という肩書きを持った青年が   
必ずしも社会に順応した優れた逸材ではなかったし
自分で考えることの出来ない若者が多い昨今
何よりも「自分で生きる」それを学んで欲しいと思った。

学校の成績なんって50%出来れば良し。
その上、みんな大学に行くと言われても金銭的に・・・だった。
家庭の事情も知らず当然大学に行くもの、そう思っている若者が何と多いだろう。
本当に勉強したければ、自分で働きながらでも行く。
そんな気概が欲しい
幸か不幸か・・・どの子も4年生大学には進まなかったし、進めなかった。

「お兄ちゃん」は高校に行くのもやっと・・・
「調理師になりたい」という彼の願を聞き入れて高卒後、京都の某調理師学校に入校。
それに高一の冬から私の勤めていたスーパーで調理師学校卒業まで短期アルバイト
(年末年始3週間・お盆の1ヶ月)をずっと続けた。
そのお金は、彼の運転免許となった。

二年間小さな下宿屋でわずかな仕送りで何とか免許を貰って卒業。
その仕送りは私の1ヶ月のパート代。
就職は彼に任せた・・・今となってはこれが失敗だったのかとも思う。
20歳になるかならぬ青年は祗園のど真ん中で寿司職人の下っ端。

小さな店だったけれど、親方も周りの人も昔の職人とは違って
それなりで安心したものだった。   
年に何回か戻ってくる彼は、お店の寿司を持って帰り自慢した笑顔が懐かしい。
いつか自立するのだろうか?!そんなことを思ったこともあったけれど
就職して5年目の春・・・深夜、突然の電話に震えが止まらなかった。

「○○君が今朝から出勤してこず、寮にもいません。
こんな時間ですが、ご実家に電話させて頂きました。」
深夜12時近い・・・   
まさか・・・良いことは想像しない。
まだ家にいた末っ子は
「母さん、兄ちゃんきっとサラ金借りとう・・・」そう言った。
まさか・・・とは思いながらその不安はぬぐい去れなかった。

夜中に夫とふたりあらゆる事を念頭に置きながらひたすら高速を走った。
サラ金・失踪・自殺・・・こんなとき良いことなんって浮かぶはずはない。
あっけなく「お兄ちゃん」は見つかって、やっぱり・・・サラ金。
あれだけ言ってあったのに・・・とはいえ後の祭り。
金額はと言えば「200万円」と答える「ぼんくら」
バックに滑り込ました通帳の定期預金を頭に浮かべる私。
それから何度かの話し合いでまさかの「500万円」

『この野郎、死ね〜〜!!』とそこまででかかった。
今時、親孝行して欲しいとは思わないけれどこの大馬鹿&親不孝!!
確か私はそう怒鳴ったと思う。
TVの失踪事件、100万円でも払えないで困っているのに
この馬鹿は・・・いったい私はどんな子育てをしたんだろう。
結果的に自分を呪った。
彼の寮の部屋にはそれに見合うような物は何一つ無い。
たった半年のこと・・・いったいそれは何?!

今も、本当のことは解らない。
ただ、京都、祗園のど真ん中の『クラブ』に行っていたことだけは確か
どっかの社長さんでもそうそうは行かないところ・・・
彼女もいない、下っ端の職人がたまたま何かでクラブの女の子と知り合いになって
「お店に来て〜〜」 それにノコノコのったのではないだろうか?!
確かに【馬鹿】を欺すのは簡単だから。
4〜5人の男女が嬉しそうに写っている写真、それが数ヶ月前。
これだ・・・何回か飲みに行き、女の子にプレゼント、あるいはSEX?!
サラ金は自転車操業・・・クッソォォ!!

【ぼんくら】の生命保険は死亡傷害は500万円
けれど、サラ金傷害なんって無い。
まず、こんなとき姑ならどうしただろう。
一番にそう思った・・・
「○○ちゃん(私のこと)この世のことはこの世で解決するよ。
世間が見捨てても、親は見捨てられないでしょ。」
そして、私のようやく貯めた500万円はあぶくのごとく消えた。
何の益もなく・・・
そして私がここまで貯めていたことに夫自体も驚いた。   
だって・・・殆ど贅沢はしなかったよ。

【ぼんくら】は強制帰郷と相成った。
お店は突然辞めて迷惑をかけることにはなったけれど
お店のお金は手を付けていなかった事だけが私にとっては救いだった。


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