タイトル

三の糸 D

私が高校生、この頃から中国残留孤児の肉親捜しが表に出てきた・・・
TVの画面に映し出される年以上に多く刻み込まれた皺に、生きてきた苦悩が見えた。
手放さねばならなかった親も、手放された子も戦争の犠牲者。
人として、かばい、慈しんでくれた中国の育ての親。
自分と重なる画面にときには目を背けた・・・

ある人は言う。
向こうの生活で、両親に家族として愛されたのならそれで良いじゃない。
なぜ今更、言葉も通じない・生活様式も違う国に帰ってくるの?!と。   
その時はあえて反論しなかったけれど
たとえ・・・戦後貧しく生きることがやっとだった内地でも
ゴザの板間でも家族が寄り添って生きてきたことは
彼らにとっては叶えられない夢の世界だったのよ・・・
そう私は心でつぶやく。

戦争孤児のような悲惨さは私にはないけれど
自分が誰で、どんな過去を背負って、どこへ行くのか。
人として生まれた以上は「知る権利」があるのではないだろうか?!
最近では、犬や猫たちでも血統書などというものがある。
そう・・・自分は誰の命を繋いでいるのか。
当たり前にこのことが満たされている人には考えられないほど「執着」している。   
まだ、私はよい・・・
子供が欲しさに試験管ベィビーが少なくとも誕生している。
彼らがこのことに直面したとき、私は言葉を失う。
自分がどこの誰か解らない・・・
しかも永遠に解らないなんって・・・

ご当地小説で、ある有名な女性小説家が数年前地元新聞の連載を書いた。
今は結構な本になっているはずだ。
私は最初のストーリーを聞いたとき、本当に期待した。
どこまで、主人公の内面を表にかき出してくれるのかと。
ところが・・・それはどこにでもありそうな、あるいはどこにでも置き換えられる
そんな恋物語だった。。。
『あなたは表面上の取材しかしなかったでしょう?!』
原稿料に見合うだけの長文を書いただけ
クソ生意気に私は心の中で叫んだ。
『違うよ! 彼女の心は違うよ!! そんな当たり前な答えじゃない!』

現実に泥だらけになって、向かい合った心だけが感じる
ある種の獣のようなとぎすまされた感情。
自分の心を掻きむしりながら、何かを掴もうともがいている。
そんなことは、文壇に納まってしまったあなたには見えない・・・
ここだけの話しとはいえ、私は思いっきり愚痴を投げつけてみたい。
私の思い上がり、人は言うだろう。
けれど、あれは。。。メルヘンじゃない
小説ならもっとすざまじい心の葛藤があったはずだ。

そう、ご当地ソングにも今も御大と呼ばれている人の作詞作曲を県が依頼した。
わずかな金額じゃないはずにもかかわらず
できあがった曲は二束三文にもならない駄作。
最近では少しも流れてこない。
どちらも、うわべだけしか見ていないからだと思う。
実際に、この土地に住み、過去も未来も背負っていく覚悟がないと心にはしみない。
つまり、経験のない言葉は単に飾り言葉、見た目は綺麗でも
言葉に命がない、めらめら燃える激情は決して伝わらない。

私は家族にこだわっている。
ものすごくこだわっている・・・

人は私が強いという・・・本当に?! 
ガラスのように張りつめて、不意に何かで壊れそうな私を誰も知らない。
ただ、家族・・・これだけは守る、半ば呪文のように自分の心に唱えてきた。
たとえ、それが我が身の犠牲の上に立とうとも・・・
二度と、私と同じ目をこども達に味合わせてはならない。
こども達が成人した今も、変わらない私の信念。

三の糸の替え糸をそばに置きながら
それでも、元の糸にこだわっているような、そんな私が今日もいる。


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