タイトル

三の糸 A

逃げる・・・全く今までと違う生き方をしたいと願った。
器量もさほど良くない、胸ペチャの女の子
いつの頃からか、人に頼らない、甘えない、そんな自分がいた。
責任感は多分同じ年代の女の子よりも強かったかも
道に外れたことも嫌いだった。
まるで、清く正しく・・・何に対して突っ張っていたんだろう。

初恋らしきものも見事に散り、それでも年頃になれば
少しぐらいはその手の話は舞い込む。
意外だったのは、中学時代の同級生が成人してから偶然会ったとき   
彼にとって・・・もしかしたら私は初恋相手だったのかも知れない。
そんな話を聞かされて、私はとまどった。
交際を希望した彼に
『あなたに、私の人生は背負いきれない・・・』そう私は思った。
誰にも話さない自分自身の出生の秘密
これから来るであろう人生の波、覚悟と予感・・・
彼はただ、道ですれ違っただけの同級生。

もし、私が【男】なら同じ条件でもまた違った道があったかも知れない。
生家の父は私が去った十年後ぐらいに後妻をめとり一子をもうけた。
私にとっても母違いの弟・・・
数十年後、何気なく彼に問うたことがあった。
「いろいろ大変だったでしょ?!」
私は彼が肯定すると思っていた。ところが・・・   
「別に何もなかったよ、兄弟やけん。」
私の心は山頂から滑り落ちた。
そう、この弟は弟として家族の中に自然に入った。
そして家族からはみ出た私はいくつになっても兄弟にはなれない・・・

そして、やがて兄弟達はめいめい独立していく。
嫁に行くもの、自分の人生を歩き出す者・・・
男兄弟には田舎の土地を分けられたと聞く。
しかし、私に残ったのは育ての親の老後。
当たり前と言えばそうだけれども、これはかなり重い。
うなるような財産がある家ならいざ知らず、今日が精一杯のような生活。
借家住まい、財産は負の財産のみ。
「おまはんの世話にはならんけん」養家の母は私が結婚する前そう言った。
ただ、何の確証もあるわけではない。

何の負担もない、真新しい家庭が築かれるはずであった。
・・・それは三年で終わった。
養家の商売が行き詰まった。
やがて、私は逃げたはずのものにまた吸い込まれていった。

生家の兄弟達が羨ましいと思ったこと
それは・・・自由があったことかも知れない。
もちろん私は束縛されていたわけではないけれど
年をますごとにその重みは深くなって、ついには身動きさえ取れなくなってしまった。
長兄は、長兄らしくどっしり構え兄弟達を見つめている。
すべてを知った私にもなにかれと気にかけてくれる。
けれども、同じ想い出を持たない私はやっぱりどこかで一線を引いている。
大声で喧嘩をしたことも、とっくみあいをしたこともない。
同じ事で笑い、同じ事で泣いた記憶が私にはない。
それが本当の兄弟になれない理由?!共有の記憶。

私が【男】なら・・・
社会に出て、結婚し家庭を持っても恐らく親の面倒を看ると言っても
誰も不平は言わないだろうし、まだ看て当然の時代かも知れない。
しかし、いかに憲法で親の面倒は子供が看ると義務づけられても
嫁いだ女が婚家で里方の両親を・・・というのは
今でも過重な負担かも知れない。
世の中には、こういう事に全く無関心でいられる幸せな人もいる。

誰も(?)が声を上げられない一人っ子、特に女・・・
いかに男女雇用均等法というのが出来たとしても
やはり女性には社会は厳しい。
まして、家庭を持ったりすると自ずと家事・育児そして介護が待っている。
介護保険にしても、まだまだ未完成、ザルのような保険。
必要な人に、まかなえる金額で・・・にはだんだんほど遠くなるような気がする。

人は人生を終えるまで何と周りの目に見えぬ糸に縛られていることか
音の出ぬ三の糸でさえバチは振り降りる・・・


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