タイトル

一の糸 A

突然・・・
図書館で【「少年A」この子を生んで・・】を借りた。
ずっと前から、一度は目を通さねばとは思っていたけれど
正直言うと・・・怖かった。
世間を震撼とさせたあの事件からもう数年。
忘れ去られることもなく、決して理解することの出来ない事件。

理不尽にも、遊び(?)のような感覚で死におとしめられた
幼い命や、そのご家族を思うにつけ一人の母として、どうにかならなかった?!
そう、疑問符を投げつける・・・
そして、今社会のどこかで生きているだろう元「少年A」
本当に悔い改めて、人生のやり直しをしているのだろうかと・・・
あまりにも大きくて重い課題のこの事件。
けれども・・・私のすぐそばで起きたかも知れない。
いったい、その違いはどこにあったのだろうか?!
結婚・夫婦・子育て、すべてが恐怖になった。

私が、あの時なぜこの本を手に取れなかったか・・・
それは家庭環境が私と全くと言って良いほど同じだったこと。
夫、こどもは男ばかり三人、私
違うことと言えば、舅がいたことぐらいでそう大きくは変わらないし
子育ての方針も同じだった。

ただ、その頃年齢的にはもう息子達は「こども」ではなかったけれど。
「少年A」と「ぼんくら」をいつもだぶらせる。
私は偶然にもラッキーだっただけでなないのかとさえ思う。
サラ金事件は親である私たちを絶望の底に落としはしたけれど
結果的には他人には迷惑をかけず片づいたし
その次のとんでもない事件も・・・双方にも責任があるだろう。
「ぼんくら」の幼いときから、今に至るまでを考えるとき
どこで育て方を間違った?!と問われても首をかしげるばかりだ。

親は遊んでいた訳じゃない、精一杯家族を守ってきた・・・
それはうぬぼれに過ぎないのだろうか?

普通一般の読者が・・・思うこと
それはどんな言葉を浴びせられようとも、また殴られようとも蹴飛ばされようとも
被害者のお宅にまず「お詫び」に行くべきだろう・・・と。
この本の発行時点ではそれはなされていない。
それも非難の元だとは思う。
・・・被害者のプライバシーは守られないで、
加害者の家族は守られる、そう言われることもある。
あるいは、加害者の家族は公の場に出て詫びろとも。
けれど・・・どれだけの人が加害者家族の心理を知ることが出来るだろう。
誰だって、明日は我が身なんって思っていない。
中傷の言葉や手紙を投函した人こそ恥ずべきだと思う。

私は心理学者でも、医者でもない、ただ、「母」という立場だけだけれども
罪を犯した「少年A」は本当は裁かれるべきだったのではないかとさえ思う。
悔い改める、この途方もなく苦しい作業を・・・一生償っても償える物ではないが。
そして、事件が彼の生い立ちや家族のせいにしてはならない。
たとえ幼くても(・・・とは、とても思えないが)
社会を向こうに回してのあの声明文を見たとき、これは人ではなくモンスターだと思った。
たとえ同じような条件下でも、すべてがモンスターになるわけではない。
特異なものの万引きという事実は引っかかるけれど
だからといってこんな事件を誰が予想できるだろうか?!

私は・・・ここまで非難されることはなくても、加害者家族であった。
結婚して一年になるか、ならずで夫の弟は飲酒交通事故を起こした。
成人して翌年の事である。
同乗の同級生と対向車の一人、つまり二人が亡くなった。
しかも、上乗せ保険は入っていなかった・・・
私は直接詫びに行ったことはないけれど、
夫と姑は両家の針のむしろに途方もない時間座った。   
舅は気の弱い人で、そのショックで病院に入院してしまった。
矢面に立ったのは夫と姑。

世間的には死亡者の出た、交通事故。
それでも、私たちは怯え、苦しみ、泣いた・・・
電話のベルが鳴るたび心臓が飛び出すのではないかと思うぐらいドキッとした。
どこに相談に行っても、
上乗せが掛かっていないこの相談には難渋の顔を見せるだけだった。
地元の弁護士さえ引き受けるとは言って貰えなかった。
地位も財産も何もない私たちは、
ただ震え真っ暗なトンネルの中で息を潜めていたと思う。
たとえ、ご近所でも遠巻きに私たちを見ていただろう。

やっと、ある人の紹介で大阪の弁護士さんを紹介され引き受けてくれた。
しかし、それはその人になけなしのお金をだまし取られた結果でもあった。
ただ、弁護士さんは私たちのすべての状態を受け入れてくれた。
事に、私の腕の中で眠っていた「ぼんくら」のために・・・
そうおっしゃって、この儲け(?)にもならない弁護を引き受けてくれたのだった。

事故を起こした本人は・・・   
結局、病院で数ヶ月入院しただけであの苦しかった数ヶ月を知らない。
そして数年後、刑務所に三年服役した。

被害者への誠意は・・・「それはね、お金でしか払えないのです。」
そう弁護士さんが、すまなさそうに言われた。
「当初被害者は、どんな事件も『金はいらん、○○を返してくれ!』そう言うけれど
時間が経つと・・・解決にはやはりお金なのです。」
いまの私の歳より遙かに上だった姑、それでも彼女は彼女が生きているうちに
この示談金を何とか払い終えた。
もっとも、今想像するほどめちゃくちゃな金額ではなかったと思う。
この弁護士さんのお陰で、何とか支払える限度内だったと思う。

そして、この服役中弟はすでに事故後、養子に行っていたので
姑とその妻は小さなこどもを抱いて、月に一度面会に行っていた。
夫は恐らく一度ぐらいしか行かなかったと思う。
このとき、主に乗せていったのがすぐ下の弟、つまり二男だった。
しかし、彼は家族総出(5〜6歳のこども連れ)で行った。
一度私が、「こども達は置いていったら?!」と言ったことがあったけれど
「悪いことをしたら、こう言うところに入れられる、と言うのを知るためにも良い。」   
そう言って譲らなかった。
その本人が、数年後姑の保険証書を我が家から無断で持ち出した。
それっきり、我が家の敷居はまたがない。

その間に、今度は舅の事故とも自殺とも受け止めかねぬ事件が起きた。
これは、加害者とも被害者とも関係はないけれど
やはり、身の置き所のないほど息を殺し肩を寄せ合って生きてきた。
「ぼんくら」は小学校高学年になっていて
行方不明の祖父のスリッパが初めて見つかったとき
私たちが知らないところで、片方しかないスリッパを
「じぃちゃんの、スリッパ・・・」と、泣きながら洗っていたことを後日人から聞かされた。

私たちが、以後どんなことに出会っても『家族の絆』として耐えてこられたのは
きっとこれらのことがあったからだろうと思う。
究極の恐怖の中で雛を囲み耐えていたあの時があるから・・・
今、夫の悪口雑言(?)も耐えられるのである。

でも・・・「少年A」の場合・・・
私だったら、耐えられただろうか?!
彼を迎え入れられるだろうか?!
我が子でありながら、とらえることの出来ない心
いったん覚えた【性癖】を無くすことは出来るのだろうか?!
他人を責めるのは簡単だ。
でも、立場はいつ逆転するか解らない。
何よりも同じ血が流れているという逆らえない事実。
あなたならどうする?! そう問いかけるしかない。

もし、この家族が散り々にならないでこの日本のどこかで生きているとしたら
それはそれで素晴らしい『家族の絆』ではないだろうか?!
「ダメ母親」と世間に烙印を押されたような彼女を
夫も含め残された兄弟達が労っている・・・
良いではないか、ささやかな幸せ。
民事では膨大な慰謝料が彼らの肩に掛かってくる。
未成年故か、「少年A」は平然と「亡くなった人が気の毒。可哀想だから
(自分の代わりに)親に慰謝料としてお金を支払って欲しい」
そう言ったという・・・ゲームの代価じゃないのに。

私なら・・・生きていくのが辛い・・・
この背負うにはあまりにも大きな業
どんなにあがいても悔やんでも、時間は後戻りしない。   
「Aは良い祖母、悪い母に囲まれて幼児期を過ごした。」
これが鑑定結果だという。
本当の鑑定結果?! 母親一人を悪者にすることがこの事件の原因?!
恐らく普通の母親だよ、彼女は。
近頃言われる幼児虐待の親たちよりずっと愛情にあふれていると思う。
でも、事件は起こった・・・
そして、生きている限りこの【枷】に希望と絶望を交錯させながら
「少年A」の更正を願っているのだろう・・・
ならば・・・「耐えて生きてね」としか言えない私。

もちろん我が子を奪われた(しかも想像を絶する方法で)親たちは
生きている限り、あの日の慟哭は忘れはしまい。
悔しさや、怨念は日増しにますかも知れない。
そして、憎むべく対象がある。。。
けれど、いつか「み仏」となった我が子が心の中で
『もう良いよ、母さん。有り難う・・・』
いつかそう言う光景に出会えることを願っている・・・

『家族の絆』とは、いったい何なのだろうか・・・


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