タイトル

一の糸 @

一の糸 心の糸 頼り糸
赤き糸 燃える情炎

三味の「一の糸」、それは命糸
これが切れれば、幾らバチを振り上げても音は出ない。
二の糸・三の糸が切れても一の糸さえあれば・・・音は鳴る。
私の一の糸・・・それは夫婦の絆。
何よりも私がこだわった家庭の根幹

しかし・・・これが壊れるときもまたあっけない。
世の中にこれぐらい幸せな結婚式はないと思われるほど
沢山の夫婦が誕生しても、本当の意味で添い遂げられるのは思うほど多くはない。   
夫婦は他人との出会い、忍耐と自己犠牲、それが愛情なのかも知れない。
まして、社会という広域場ではふたりだけのことでは
済まされない難事も断りもなく飛び込んでくる。

私の三十年はまさにそれだった・・・
良くもまぁ、この沈みそうな船でと今も思うし
現実にいつ難破してもおかしくない泥船だと思う。
いつも危険と隣り合わせ。

私は「酒」と名の付く物は好きではない。
美酒などとんでもない、アルコールの臭いはいつも私から幸せを奪った。
殆どの席で私は下戸を通すし、実際に飲まない。
あの泥酔した人々の赤ら顔も嫌いだし
口臭もトイレの臭いも吐き気がするほど嫌いだ。
もう生理的と言っても良いし、もちろん心理的にも拒絶している。

実父はいつもコップ酒の人だったし   
望むと望まないにかかわらず、このコップ酒で私は人生が変わったと思っている。
結婚して、「ぼんくら」が生まれて幸せの絶頂のとき
そう、たった2ヶ月後に、夫の弟の飲酒交通事故で
恐怖と真っ暗なトンネルの中に入って息を潜めていた日々。
舅のわずかなコップ酒がアルコール依存症だと診断された日。
恐ろしいほど、執拗に私の半生に関わってきた「酒」
今でも許してはいない。

もうひとつ、付け加えるならば・・・
男と女では、きっと本当に強いのは太古の昔から女だっだと思う。
これは私の個人的な感情だけれども、多分間違っていない。
「楽しいお酒」は良い。周りを幸せにする「お酒」も良い。
でも、小心者がしらふで言えないことを「酒」の力を借りて言うことに辟易。
そんな事じゃ、何にも解決にならないのに・・・
物事に直接当たらなくてはどうにもならないのに・・・
「アルコール依存症」と呼ばれる人々は
不都合は人のせいにして、だらしなく「酒」をあおる。

最近の「熟年離婚」これだってもはや他人ごとではない。
同級生の友人の中にもこどもをみんな自分が抱えて離婚したのもいる・・・
どうして?! との問いかけに、なかなか本心は告げない。
夫婦、この不可思議で悩ましき物。
それでも私が一番こだわった【家庭】の根幹。

多分、私は負けず嫌いだと思う・・・
いや、能力の違いは思いの外あっさりと認めるけれど
ある程度までは必死で努力するタイプだと思う。
それも、人に頼るより自分でたとえ本を見ながらでも
基本から入るタイプ、時間はかかるけれど何とかのところまでは到達する。

自分の出生をうっすら知ったときから
子供心に、人に甘えない、そう身構えた私がいたのだと思う。
正直に言うと、理科系の知能は全く持ち合わせていない。   
ただ、絵を描いたり、言葉を文字にするのは好きだった・・・
漠然と「物書き」になりたいと思った日もあった。
それがどんなに多くの才能をようするかなんって事は知るよしもない。
原稿用紙にスラスラお話が書けて、大金が入る。
こんな楽な仕事・・・良いなぁって。
まぁ、幼い日の途方もない夢として忘れるとしよう。

つまり、私は「夫」と呼ばれる人種には決して良い「妻」ではない。
甘えないし、着飾らないし、現実主義。
スポーツで「攻撃は最大の防御」と言うけれど
私は結婚生活はきっとこれでもかというぐらい「防御」から入ったのだと思う。
どんな事があっても「家庭」を守り抜く・・・
これはもはや信仰でさえあったのかも知れない。

夫との出会い、ただ単に偶然 出会ったふたり。   
元々「しゃれこうべは美人もそうでない人も同じ」とのたまう夫
私みたいな複雑な事情の女と結婚するべきではなかったのではと
後の色んな心の葛藤から、詫びるのである。

良妻賢母も真似ては見たけれど、つけ刃はどうにもうまくいかない。
それでも、何とかここまで来たのは周りに支えられたこと
やはり感謝しなければならない。
それに何と言っても姑が私を守ってくれた・・・
姑と嫁がスクラムを組んで息子(夫)の悪口?!
本当にそうだったのだ。
「出て行くときは○○(夫の名前)」
そう笑って言った姑、私には過ぎた母・・・


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