タイトル

二の糸 D

あの日PCのメールに相手から驚くようなことが知らされた。
夫はインフルエンザで、息も絶え絶えに闘病していた頃。
『驚かないで、赤ちゃんが出来た・・・』と
ウッ!! 私は一瞬言葉を失った。
けれど・・・決して困ったとは思わなかった。

「ぼんくら」とその家族の同居生活が始めた頃から
私は、「子供は作らないように・・・」と言っていた。
ひとつには、ふたりのこども達の為   
もう一つは生活の為
ただ・・・出来てしまった以上は堕せと言うつもりは全くなかった。
極端な話、私が育てても良いとさえ思っていた。
まさか、ここにこんな大きな壁が立ちはだかるとは・・・
2月にお腹の中に宿った命は、本来なら11月には産声を上げるはずだった。

母親が産むことを拒絶した。
つわりが酷いからと・・・
もちろん高年齢出産という事もあるだろう。
しかし、相手はその前に【保身】を優先したと思う。
話しは、初めから【堕胎ありき】で始まった。
以前の逃走劇の後、老母はこう言った。   
「○○君の子供を産むことだって出来るし・・・」
けれど、現実はあくまで拒絶だった。
私にメールを送ったのも費用が欲しかったため・・・

「ぼんくら」の子供であろうと、相手の子供であろうと
私は【命】にこだわった。
折角、芽生えた命。 何とか救ってやりたいと。
こども達も呼んで、話し合った。
しかし、それはいとも簡単に徒労に終わった。
お姉ちゃんのひと言
「今のままが良いよな?!」
そう、そこには新しい【命】は全く受け入れられてないことを知った。

「よく考えて・・・
命の誕生のための費用は何とかするけれど、抹殺には関われない。」
冷たいけれど、私はそう言った・・・
けれど、現実には一刻も早く体外に出したいそう願っていた相手だった。

このとき、私は砂楼がもろく崩れ去っていく音を心の奥で聞いた・・・
彼らにとっては「ぼんくら」は家族じゃない。
つまり、最低限度の生活をするための単なる資金源(わずかではあるけれど)
壊れた家庭から何とか解放してくれた人
ただ、それだけだ・・・そう私は思わざるを得なかった。
伏せっている、夫にひと言の相談もせず
私は「ぼんくら」に相手との別離と拒絶を告げた・・・
そして、守ってやれなかった小さな命の替わりに小さな桜苗を買った。
やがて・・・「ぼんくら」もその家を出た。

夫は数週間後、事情を聞いてポツリと言った。
「ふたりのこども達が可哀想・・・」と
もしかしたら、私を非難したのかも知れない。
「でも、まぁ、いつか別れるとは思うとった・・・」と以外にさばさばした表情で答えた。

「ぼんくら」は、実はあの時職場の強制変更というとんでもない時期だった。
それでもなおかつ、生まれてくる子のためにかなり上司に願い出たらしい・・・
ようやく前が見え始めたとき、結果は最悪となって彼も号泣した。
どこかに何かを忘れてきたような「ぼんくら」だけれど
【命】に関してだけは私と同じくらいこだわった・・・

「ぼんくら」がその家を出て、やがて10ヶ月が来ようとしている。
ただ、私の思惑とは裏腹にこの家族とは縁が切れていないようだ。
「僕の人生やけん、また一緒になるかも知れん。」
今頃になって、まだそんなことを言っている・・・
確かにね、おまえの人生だよ。
親の老後を不安にさすほど借金をし、人の家庭を壊した。
その不始末のお金を返すどころか、未だ本当の意味の自立が出来ない。
はっきり言っておくけれどね、これ以上おまえに関わるつもりはないよ。
もし、もしもだよ、人様に迷惑をかけるようなことがあったら
母はおまえと差し違える覚悟を心の奥底で持っている。
それをくれぐれも忘れないように・・・   
そして、二度とその相手家族とは会わないよ。
それはね・・・きっと、母の出生から来る心の叫びなんだよ。
捨てられることに、どうしても納得がいかない。

小さな【命】の替わりに買った桜苗は無情にもこの夏の猛暑で枯れてしまった。
ところが、その隣から間違いなく桜の苗が、実生の苗が育っている。
今のところ佐藤錦(サクランボ)か桜か確認できないけれど・・・
私はふと、天上に還った小さな命が私のために残してくれたような気がした。


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