タイトル

ゆきの話

「《ゆき》・・・名前の通り薄幸となってしまったね。」
マムは今も忘れてはいません。
マムが大人になって自分の責任で初めて飼った犬。
それが《ゆき》だったのです。

出会いは・・・振り返れば、別れと同じぐらい衝撃的でした。
マムのお腹に初めての赤ちゃんが育っていた頃
(この赤ちゃんはやがて《クロ》を見つけるのですが・・・)
ある時、今にも車に轢かれそうな仔犬を見つけました。
マムは道路に飛び出てこの仔犬を助けました。
その仔犬は《ゆき》と名付けられて
ずっと幸せに暮らすはずでした・・・

ところが・・・
ダッドとマム自身に
思いも寄らぬ試練が次々押し寄せてきたのです。
恐らく普通の人が経験しないであろう嵐の中に・・・   
ダッドとマムも明日を見つめるのでさえ息苦しい
そんななかで・・・
《ゆき》は、置き去りにされてしまったのです。

犬は(猫もそうですが)生まれて10ヶ月もすれば成犬になります。
今ほど[避妊]に対して知識のなかったマムは
《ゆき》に対して何にもしませんでした。
それに荒れ狂う暴風雨の中、とてもそこまで・・・
気もまわらなかったし、お金もなかったのです。
知らぬ(?)まにこどもが出来て・・・   
一度は子供だけ保健所に送りました。
これだけでも非情なのに・・・
もう一度、子供が生まれたとき・・・
《ゆき》は子供を守る本能からご近所の人を咬みました。
それは・・・決して《ゆき》が咎められることではないのです。
でも、ご近所にも息を潜めるように生活していた
ダッドとマム。
ふたりのどちらからともなく
「《ゆき》を捨てよう・・・」と。

もちろん切ない決断ではあったけれど
保健所なら1週間の命
どこか安全な場所に捨てれば・・・
もしかしたら生き抜いてくれる?!
仔犬も誰かが拾ってくれる?!
そんな安易な考えで納得したダッドとマム

やがて何も知らない《ゆき》とそのこども達は
家からかなり離れた堤防に、車から降ろされて
そのまま車は走り去ったのです・・・永遠に・・・

それから先のことは・・・
ダッドもマムも知りません。
でも、突然見知らぬ土地に放り出された親子
どんなに途方に暮れたことか・・・

仔犬たちは《ゆき》にじゃれついたりお乳を飲んだり
でも、《ゆき》のお乳は出ません。
突然のことにぴったり止まってしまいました。
その時、仔犬の一匹が道路の真ん中に・・・
《ゆき》は状況が飲み込めていません。
それに・・・なぜが遠い昔の記憶が・・・
キィィー!!という車のタイヤの音。
目の前に赤いものが飛びました。
《ゆき》は震えが止まりません・・・

他の仔犬も一瞬すくんで動けなくなりました。
でも・・・車は何事もなかったように行ってしまいました。
この時初めて《ゆき》は現実に気付きました。
『捨てられたんだ・・・』
一度飼い犬になった犬は餌も見つけることが出来ません。
やがて・・・仔犬たちもいつの間にか
一匹、二匹と減っていきました。
死んだのか、拾われたのか《ゆき》自身も解りません。

そして、殆ど餌も食べなかったある日
道の横に檻がありました。
その中には餌も入っています。
ゆきは夢中で飛び込んで少しばかり餌を食べました。
ところが「ガッシャン」と入り口が閉まってしまいました。
どんなに押しても開きません。
・・・しばらくして作業服姿の人間がふたり。
「捕まったな!」そう言いながら檻ごと車に乗せました。

着いたところは・・・
小さな部屋に知らない犬たちが一杯いました。
気の弱い《ゆき》は何とか隅っこで場所をとることが出来ました。
こんなにたくさんの犬、初めてでした。
もしかしたら、安心して良いのかな?!
そんな気がして、一晩過ごしました。

明け方近く、犬どうしの会話が聞こえてきます。
「とうとう捕まってしまったな。」
「これで、お終いさ! 人間って勝手なんだよな。」
「なんのこと?!」小さな声で《ゆき》は訊ねてみました。
「お若いの、ここはもう二度と逃げられない所なんだよ。」
「たま〜に、飼い主が迎えに来る幸運なやつもいるがね。」
「オイラ達は全員殺されるのさ・・・」
「エッ!」小さな悲鳴を上げました。
餌をくれた檻は・・・命を奪うの?!

それから数日後、《ゆき》は天に還ったのです。
その【死】を自分自身が納得するはずもなく・・・
心は灰色のままでした。


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