タイトル

深層心理A

母とのすれ違い・・・
いつからだったのだろう。
そんなことを思いながら寝床に入ったとき
あの中国残留孤児の場面がサッとよぎった。
「あっ!」
悲鳴にも似た小さな声を薫子はあげた。
そうだった。
・・・きっと、そうなんだ。
母と薫子の心のすれ違い。
今更ながらに唖然とした。
この「視点」を書き始めなかったら
恐らく薫子は一生気付かなかったかもしれない。
もちろん母に至っては知るよしもない。

やっと、辿り着いた・・・
間違いないと確信さえ持てる。
「お母さん、出会ったその日からすれ違っていたんだね・・・
淋しいけれど、やっと解ったよ。」

ライン

残留孤児が唯一身元確認としたのは
残されたり、はぐれたり、預けられたとき身につけていた物。
薄汚れた衣服やお守り・・・
それは母親が最後に残した手がかり。
50年の歳月が過ぎてもなお
養父母はそっと残して置いてくれた。
中国人として育てられながら
思わぬ自分の出生の秘密が明らかにされたとき
それは何よりも無言の愛として、彼らを支えてきた。
時間は後は戻せなくても
せめて、自分のルーツが解る、母の思い出がある・・・

薫子には・・・何もなかった。
これが決定的だった。
母と二度目の同居の時、母は大事そうに
自分が縫った古いちゃんちゃんこを薫子に差し出した。
「これ、おまはんが着とったもん。」
確かに古いアルバムで薫子が着ていた。
もう生地もかなり傷んでいるし、シミの後もある。
母はいとも大事そうに手渡したけれど・・・
薫子はその日のうちに捨てた。

母にとっては『こんなに大切に育てたんでよ』と言う無言の圧力?   
そう言えばいつか母は言った。
初めて会った薫子は汚い着物を着ていたと・・・
でも、お母さん・・・
もし、もし・・・あなたが、ほんの少しの優しさがあったら
その汚れた着物と、
貰われた翌日、実父が忘れたと言って届けた乳首
それを残しておいてくれたら・・・
そして、真実が解ったあの日
そっと置いてくれたら・・・
薫子は今こんなにも隔たりは感じなかったと思う。

運命とはいえ、薫子には実母にたいする思い出は何もない。
それを求めることは間違っているのだろうか?
誰にも聞かなかった、求めなかった、たったひとつのこと。
お実母さん・・・
その人に会いたいのではない、
その人の証が欲しかったのだ。
自分が生を受けた確かな自分の存在を。

でも・・・・
あなたはそれをすべて闇に葬った。
ただの汚れたゴミとして。
決してあなたを責めているのではない。
私はあなたの大切な犬や猫とは違う。
感情もあり、それを押し込めることもできる。
あなたは、私の大切な物を理解せず捨てた・・・

残留孤児の里親が大切にしまって置いた当時の衣服。
薫子は羨望のまなざしであの日を思い出した。


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