タイトル

人との決別は悲しい。
それも永久の別れとなると・・・
肉親を失って、人目も憚らず号泣する。
それはすべての肉親ではない。
そう思わずにはいられない薫子であった。
一緒に暮らした祖父
血のつながった本当の父
どちらも薫子の目に涙はなかった。
冷たい親族かも知れないけれど
悲しい感情より、葬列は単なる儀式だった。
ある意味でそれほど深く心の中に刻まれていなかったから?!
この年になると、いくつの野辺送りに行ったことだろう。
でも、涙がかれるほど泣いたのはふたつしかない。
養父と姑。

ライン

養父・・・父
完璧なまでの演出(?)で人生の幕を引いた。
薫子の舅の一周忌が終えるのを待つようにして
その翌日、入院するでもなく、畳の上で
静かに息を引き取った。
薫子から最後の食べ物リンゴのすり下ろしを食べ
薫子に最後の別れを自ら言い
「有り難う・・・」の一声を残して。
前日には散髪・入浴を済ませていた。

それは最後の古武士が逝ったようだった。
1月大寒前のその日。
薫子は桜の花びらが散っていったような錯覚を覚えた。
その夜、天空に瞬く星を見つめながら
「お父さん、見事だよ・・・」そう一人でつぶやいた。

よもやその日父との別れがあるなどと
母は思わなかったのかも知れない。
父の付き添いは出来ないと言った母は
この突然の別れに「これから私はどうするの〜〜」と泣いた。
薫子は悲しさよりも、今日明日をどうするか。
一度に両肩に大きな荷物が降りかかってきたことを感じた。   
こんな時、一人っ子というのはあまりにも惨めだった。
相談すべき人がいない。
弓彦はずっと側にいてくれたけれど
葬儀だけは地域によって多少違う。

やっと・・・「お兄ちゃん」と呼んでいた従兄弟と連絡が付いた。
大まかなことは「お兄ちゃん」が手配してくれた。
母は・・・何も出来ないのならしなくても良いのに
ご近所の方がお手伝いを申し出てくれたにもかかわらず
薫子に相談もなしに断った。
全く・・・・
いったいこの人の常識とは何なんだろう。
そう思いながら、ご近所に再び頭を下げに行った薫子。

張りつめた緊張の糸が、翌日の葬儀開始の鐘の音と共に切れた。   
涙とは・・・体の中の水分をみんな出したかと思うほど
薫子は泣き続けた。   
幼いあの日の父との思い出、優しい笑顔・・・   
母は・・・   
涙ひとつこぼさず、祭壇の前に座っていた。

もちろん母を責めるつもりはない。
夫婦にはそれぞれ歴史がある。
泣くという感情はもう母には越えていたのかも知れないし。
ただ、人の目には薫子と対照的な母が希有に映った。

ライン

姑・・・彼女もまた突然逝った。
確かに、何時逝っても不思議ではない状態ではあったけれど
半年ばかりは小康を保っていた。
例の事件が姑にこの世で深い悲しみを残したけれど
まだ、逝くとは正直思っていなかった。
舅が逝った月、姑はあわすように天上に昇った。

何度か葬儀を体験すると、手際もそれなりに良くなった。
姑の教えもあって、何をすべきか薫子は書き留めていた。   
ただ・・・段取りよりも気の重たい問題があった。
そう、健吾のこと・・・
姑はとうとう生きて会うことはかなわなかった。
そう思っただけでも、涙が頬を伝う。

義務的に電話のボタンを押しながら何と言おう・・・
発する言葉を選んでいる自分に気がついた。
受話器がはずれた。
出たのは姪だった。
なぜかホッとして、事態を報告した。

しかし・・・彼らがきたのは葬儀の始まる少し前。
弓彦に何の声をかけるわけでもない。
事情を知っているご近所の方がなにか健吾に言っていた。   
きっと、兄弟としてすることのアドバイスだったと思う。

出棺前、健吾は姑の亡骸を見ながら
メガネの奥の涙をぬぐっていた。
それを見ていた薫子は無性に腹が立ってきた。
姑が哀れだった・・・
人さえいなければ、きっと大声で怒鳴っていたと思う。
「そんな涙なんかより、
生きているうちに会ってあげてよ〜〜!」と。
言えなかった・・・
言えない分、大粒の涙となって見る間に溢れてきた。
「おかぁさん〜〜・・・」
それ以上は何も言えず、姑に抱きついた薫子。
『辛かったね。悔しかったね』そう心で叫び続けた。
それでも、耳元には姑の声が・・・
『健吾が来たら、よう来たなって言ってお茶汲んだってよ。』


HOME NEXT BACK TOP