タイトル

姑の隠し子(?)

養母と薫子との心のすれ違い
これはこの先、どちらかが命の区切りをつける日まで
ずっと続けられることになるだろう。
ほとんどの女性が、婚家の姑と折り合いが悪い
そんな話は良く聞くけれど・・・
ただ・・・
恐らく、薫子の理想としていた母親像が
ある日、物の見事に崩れ去ったその日から
心の葛藤が今に至っているような気がする。

時折当てつけがましく「死にたい・・・」という母。
でも、三度の食事はきっちり時間通り
小金の計算は一円単位まで・・・
『お母さん、まだまだ大丈夫だよ』
薫子は苦笑いをする。

ライン

小春日和の陽射しの中で『とみ子〜』と呼ぶ声に、一瞬ハッとした。
慌てて周りを見回しても誰もいない・・・
えっ?!
ふと忘れていたあの日が鮮明によみがえった。
どうしても思い出さなかった名前。

姑が最後の入院をした某国立療養所。
その一室で姑は最後の自分を取り戻した日々。
ここに来るまで、彼女は狂女となっていた。
腎臓機能の低下→毒素が体外に出ない
このことが、
いかに人格を蝕むか薫子はこの目で見ることとなった。
しかし、理性も何もないと言うことは
これが本来の裸の心かも知れない。
束縛される物を一切取っ払い、感情だけの吐露。
あのときは、薫子自身の心も砕け散りそうだった・・・   
けれども、通り過ぎた時間が長ければ長くなるほど
柔らかい陽射しの中でぬくもりを帯びた情景が浮かび上がる。

<寝ない・食べない・黙らない>
そんな奇妙な三原則が透析の始まるまで続いた。
35KGに満たない姑の小さな体のどこに
そんな力があったのか・・・
それでも、透析が始まると
大きくふくらんだ風船が急速にしぼむように
姑は元に戻っていった。
医師ははっきりとは伝えなかったけれど
きっと、短い最後の自我を取り戻せたときだったのかも知れない。

小さな赤子のようになって、薫子に甘える姑。
時折遠い昔話をする・・・
恐らく、三人の息子達にさえ話したことがない日々を。
そこには三つぐらいの姑が楽しく遊んでいた。
「うん、うん・・・」
黙って聞くだけの薫子に姑は
懐かしい過去の時間にスリップしていた。

突如、彼女は叫んだ!
「とみ子、呼んできて!」
「エッ?!」
思わず薫子も叫んだ・・・
今まで聞いたこともない名前。
姑筋の親類にもそんな名前の人はいない。
「お母さん、とみ子って誰?!」
そう訊ねた薫子に姑は嬉しそうに微笑んだ。
「私の娘。」
「お母さん、女の子がいたの?!」   
全くの初耳。   
にっこり頷く姑・・・
薫子は絶句した。
けれど、見上げた姑の顔は陽射しの中で輝いていた。

その夜、薫子は弓彦にこのことを打ち明けた。
一笑に伏した弓彦。
「おまえのことを言ったんじゃないか?!
そんなことあるはずないじゃないか!」と・・・
それでも薫子はなぜか心に引っかかった。
あれは決して私の事なんかじゃない。
お母さんのあんなに嬉しそうな、そう、至福の笑顔ってあれだわ。
もしかしたら本当にいて、
こんな時だからこそ言ったんじゃないかな?!
そう本気で薫子は思った。
それっきり姑は「とみ子」の話はしなかった。
いつの間にかその名前さえ忘れてしまった。

姑の葬儀の日
薫子はもしかしたら・・・と一瞬、参列者を見回した。
それらしき人はいるようでもない。
弓彦達の姉か、妹。
それは姑が夢見た虹の世界の出来事だったのだろうか?
姑の心の中で小さな女の子がずっと生きていた。


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