タイトル

プロローグ

元々、視点を書き始めたのは
養母(義母ではないのです)との
同居の壁に何度もぶつかっていたから・・・
恩も義理も感じない親不孝な娘
そう何度も自分を責めていた。

ただ、娘としてみた母と
同じ女としてみた母では
あまりにも違いがあった。
いつか明治女の生き様が好きだと言った薫子。
それにはそれなりの理由もある。

こんな事を思ってはいけない
こんな風に扱ってはいけない
そう思いながらも、この母との同居は
だんだん修羅と化してきているような気が・・・・
命を長らえること=幸せ
決してそうではない。

ライン

母は自分を根っからの「京女」だと今も思っている。
19歳の時に父と結婚したと言うから・・・
すでに約70年の歳月が流れている。
戦後まもなく当地に住みだしたてから
実に60年にもなる。
けれども、母の気持ちの上では
今でも「京都から来た」。
日常言葉は京都弁。
薫子の婚家に同居し始めて
たまにご近所の人と話すときも「京都から来た」。

それっておかしくない?
父との生活がこの地で50年あったはず。
それはどこへ行ったの?
いかに町名は違っても○○県には違いない。
老人保健施設のディ・サービスに週一度行く母の
問診票の以前はどこにいたか・・・
やはり「京都」と書かれている。
父と暮らした○○は書かれていない。

今、思い出したけれども・・・
薫子が養女だと初めて知った日   
母は、なにも言わなかった。
父は泣きじゃくる薫子にそっと、ケーキを一個。
何も食べ物につられたわけではないけれど
「帰りたければ帰っても良い・・・」
そう告げられても、どこにも薫子の居場所はなかった。
白髪になった優しい父の瞳だけが心に残った。

ライン

まだ、何も知らなかったあの日
内藤洋子の演ずる「氷点」を見て衝撃が走った。
信じられないような運命・・・
本を読むと言うことは、ある意味で疑似体験。
自分ならどうする、何度も問いかけた。
しかし・・・運命に立ち向かっていくほどの
猛々しい決断は出来ない。
やはり・・・流される運命。
まして女なら「結婚」以外に逃げ道はないと思った。

そして、そう遠くない未来に
薫子は自分自身が体験することとなった。
養女と言うことは、本来なら養子を迎えて
育ててくれた両親の面倒を見るのが当たり前だと思う。
そう言う目的で育てたのではない
と言われても、今の時代ならともかく
戦後の物のない時代の子育てを思えば
当然、老後保障のためも
入っていると思っても差し支えない。
薫子が男なら間違いなく親の面倒を見たと思う。
ただ・・・・
財産も何もない負の財産だけでは
誰を養子に迎え入れられよう。
弓彦に出会う前、養子に行っても良いと言った人がいた。
けれども、その人は何も現実を知らなかった。

いつかここから連れ出してくれる人・・
薫子は、ただひたすらそれを待った。


HOME NEXT BACK TOP