タイトル

ゆきA

心にイバラのような「ゆき」との思い出を
今も薫子は抱いている・・・
そして許せない自分自身。
もし、環境が変わっていたら
恐らくあんな事は起きなかっただろう。
薫子自身も身動きの出来ない暗い穴の中にいた。
弓彦と結婚して、こどもに恵まれて平凡な人生なら
きっと「ゆき」もそれなりの一生を過ごせたと思う。

もちろん人のせいにしてはいけないのだけれど
あのことさえなければ・・・
きっとあの日から歯車が少しずつずれていった。
人目を避けたような生き方
これ以上他人様に迷惑をかけられないという
半ば卑下にも似たような感情
家族の誰もが余裕を失っていた。

神様がいて、家族の絆を確かめたかったとしても
ここまで打ちのめされたら、人は心を失う・・・

やっと、目の前の光が見えてきたとき・・・
誰もがふとつぶやいた
「可哀想なことした・・・」
でも、時間は戻ってこない。
「ノラ」のように彼らは自力では戻ってこなかった。

ちょうど、戦争で敵方を憎んだり殺そうとしたりする感情
それと似ていなくもない。
後で気がつけば・・・
なんと愚かなことかと思う。
急に訪れた嵐の中でもみくちゃになりながら
「ゆき」と「老犬」が小舟から滑り落ちた。
そして、薫子達は誰もがこのことを口にしなくなった。
忘れよう・・・
きっとそう思った。   
ただ、そう思えば思うほど
あの日の「ゆき」の瞳が鮮明に思い出す。

ライン

先日の新聞記事(犬猫の安楽死)に後日談があった。
特集を組んだ記者がある獣医師と語り明かしたこと。
その獣医師は事もあろうかこう言ったと言う。
「犬(猫)を処分することで人が幸せになるのなら
それでも良いじゃないか。」
記者は納得がいかなかったと・・・

それは、医師ではない。
薫子はそう思う。
きっとその医師にとって動物たちは
スーパーに並ぶ商品と同じなんだ。
客の好きな菓子を選んだり捨てたり、並べ替えたり
そんなことを平気でする、何の感情もなく。

関わった命、 そんなこと出来るはずがないじゃない。
人はそんなこと出来るはずが・・・
薫子は自分自身の後ろめたさで声が小さくなっていく。
それでも言えることはある。
この獣医師の言うように
「処分することで人が幸せになる」
このことは絶対あり得ない。
自責の念が生涯ついて回る。
そして、今薫子がお世話になっている獣医師
彼がこんな考えでないことにホッとした。

基本的に薫子は<安楽死>には反対だ。
たとえ死期が迫っていようとも
神が定めた寿命まで苦しくても生き抜く
延命は行わない・・・
これが、人も動物も最良の最期だと信じて疑わない。

もう二度と動物は飼うまいと誓ったけれど
長男がぼつぼつ歩き始めた頃
側溝から小さな真っ黒な子犬を抱えて帰ってきた。
「わんこ♪」
幼子の瞳にふと「ゆき」の瞳を見つけた。
「クロ」と名付けられたこの犬は最期まで
家族として寿命を全うした。


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