タイトル

ノラの場合B

今朝の新聞・・・
捕獲されたり、持ち込まれた犬猫の写真が掲載されていた。
思わず薫子は目をそらせた。
その写真の彼らの瞳は、何も疑っていない
これから起こることも想像すら出来ない純真な瞳だった。
1週間後彼らはこの世からいなくなる・・・
人の命も、彼らの命も地球上の命。

1年に薫子の住む県で約1万頭が処分されると聞いた。
この子達は・・・
意味もわからず、もうすぐ確実に死ぬ。
こんな事って・・・
あの「ナチ」のガス室送りと同じ。
しかも最近は、血統書付きの犬のようなのが多い。
人はなんと身勝手なのだろう。

母もそうだけれども、ネットでも
野良猫(犬)達に餌をやっている人が時折いる。
本人達はその猫のために善意でやっていると思っている。
でも、それは・・・大きな勘違い。
その行為のなれの果てが、処分場。
1匹の猫(犬)を救ったつもりが、
現実にはその何倍もの不幸を作っている。

母は今でも「犬や猫何百頭も育てた。」
そう自慢そうに言う。
正確に言うと、それは育てたのではなく
通り過ぎただけ・・・
そして、その何倍もの不幸を処分場に送った。
でも、このことは母にはこれから先も理解できない。   
感性のずれ・・・・

弓彦と薫子にしても聖人君子ではない。
この事に気付く前、
ふたりはそれぞれ、心に十字架を背負っていた。
だからこそ、「一度餌をやったら責任を持つ」
お互い、そう決意した。

ライン

ノラは抜糸も済むとかなり短いしっぽになった。
けれども、もう紅くただれていることも、
ジクジク汚れていることもなくなった。
そして、とうとう階上の住人(猫)となった。
ミイコだけが女の子だったから
ノラは比較的他の猫にも受け入れられた。
と言うより・・・またぁ?!と言う感じだったのかも。
恐らく彼女自身はこの狭い空間で
9匹というのは困惑したに違いない。
まして、ここから外に出ることは許されない。
今まで自由を満喫していたノラにとって
それはかなりの屈辱だったかもしれない。
ただ、田舎でも猫の糞尿被害は
口にこそ出さないけれど迷惑千万。
その点、多頭飼いされていることは知っていても
薫子の家からはそう言う被害がないことを
近所は解っていた。

こどもの時から部屋飼いにすると
たとえ二階の窓がフルオープンに開いていても
外には飛び出さない。
たまに、昼寝中落ちることはあっても(^^;)
今まではそうだった。
だから網戸を閉めると言うこともほとんどしなかった。
ただ、ノラは・・・違った。
彼女は自由を知っていた。
ある程度、この環境に順応したかに見えたノラ。   
けれども、こちらがふと油断をすると
二階の窓から飛び降りるのだった・・・
飛び降りるが最後、
今度はなかなか手に入らない。
ある日、薫子の心に一通の手紙が届いた。

「ノラの詫び状」

【お父さん、お母さん、今までありがと。
アタイのしっぽ直してくれてありがと。
この何ヶ月かアタイは幸せでした。
お母さんのお風呂から出た後の
お膝の上はポカポカ温かくって
まるでアタイの母ちゃんの懐の中にいるようでした。
お父さんはいつも優しくナデナデしてくれました。
でも・・・

お外が恋しい、土の上を走りたい

アタイは、お外を自由に走っているときは
飼い猫ってとっても羨ましかったの。
温かいお部屋で、いつもお腹が一杯で・・・
寝床の心配もない。   
綺麗な毛並みの猫・・・
思いもかけず、アタイは飼い猫にして貰いました。
けれど・・・
お父さんの優しさ・お母さんの温かさよりも
やっぱり、自由が欲しい・・・   
それにね、もうアタイは赤ちゃん産めないんだよね。
アタイ、ちゃんと子育てできていたんだよ。

ごめんね、お父さん・お母さん。
アタイはやっぱり自由でいたい。
でも、忘れないよ。
お父さん・お母さんと暮らした数ヶ月。
本当に、ありがと。】

切なくて・・・
薫子の頬を幾筋もの涙が流れた。
いったん自由になると、捕まるまいと必死で逃げるノラ。
弓彦も薫子も、ノラの気持ちがわかりすぎるぐらい解った。
自由にしてやろう。
もう彼女からは不幸な猫は生まれないし・・・   
本当にそう決意した。

ただ、数日たつと彼女は家の戸袋の上で
ずっと座っているようになった。
野良猫の回転は速い。
この数ヶ月で、彼女は自分のテリトリーを失った。
恐らく本当の野良猫では5年も生きれば長生きだろう。
短ければほんの数ヶ月で寿命を終える。
かくして、ノラの詫び状は封印された。
その後何度かは逃亡したけれど、一夜で戻った。
今や、完全に二階の二間猫になってしまった。


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