タイトル

ノラの場合A

母に餌付けされたノラは定時にはやってくる。
それだけではない、
人を恐れないし、自分で獲物を捕ることもしない。
安易に与えられる餌で飢えをしのぐ。
当然家の周りに居着く。
ご近所からは遠巻きに「野良猫に餌を・・・」
そんな声が聞こえてくる。
しかし母は聞こえても聞こえないふりをして
日々が過ぎていく・・・

薫子が何度も「餌をやってはだめ」と言っても
今度は「やんりょれへん」(やっていない)
そう言って隠れて餌をやる。

終いにノラは家の中に入って寝るようになった。
薫子が行くと急いで逃げるけれども・・・

ライン

その日のノラは多分生涯を二分するような日だった。
ノラはいつのまには母親になっていた。
母の餌付けは続いている。
ノラ自身も弓彦や薫子にもねだってくる。
だが、その日・・・

確実には何があったのかはノラに問うてみなければ解らない。
今、ノラにきいてみても
怪訝そうな瞳をこちらに向けるだけ。

ノラの20cmぐらいありそうなしっぽが
その日半分が無惨にも赤むけになっていた。
事故なのか、喧嘩なのか本当のところは解らない。
その日から何日過ぎてもその傷は治らなかった。
彼女は一生懸命自分でなめるのだけれども
直る気配はいっこうになかった。

こうなると、いかに餌付けされた野良猫といえども
人の目にも汚い。   
近所の人たちからも疎まれたり、石を投げられた。
だからといって、母は餌付け以上のことはしない。

ある日、薫子は鬼になった。
これ以上、周りでウロウロされても困るし
すでに我が家には12匹。
元々野良猫・・・
違う場所へ
つまり捨てようと。

母に餌付けされたノラは簡単に手に入る。
そして、母の知らぬまに車の載せて一山越えた。
可哀想だけれども、仕方ない。
そう自分に言い聞かせた薫子。
例の「ぼんくら」が捨てに行ったのだけれども
車で恐らく20分以上は走っている。
後味の悪いノラとの別れ。
母は「こんようになった」(来なくなった)そうつぶやいた。

弓彦も「そこまでしなくても・・・」
そうは言ったものの、安堵の気持ちもあった。
何より薫子は母のことで迷惑をかけるのが嫌だった。
『お母さん・・・あなたはいつも私の足を引っ張っている・・・』
悲しいけれど、そう思った。

ライン

それから約1ヶ月後
信じられないことが起こった。
そう・・・、ノラが帰ってきた。

夕方、いつものように犬の散歩から戻ってきた弓彦達の耳に
聞き慣れた声が聞こえた。
「ミャ〜〜ン」
一瞬、弓彦と薫子は目を合わせた。
「まさか?!」
そのまさかは、目の前に現れたノラによって現実となった。
「うっそ〜〜」半ば悲鳴のような薫子の声。

どうやってここまで戻ったのか、それこそ知るすべはないけれど
弓彦の「もう置いてやれ・・・」
ふたりの心の中に残っていた靄を払うように
もう一度ノラは鳴いた。   
「ミャ〜〜ン」

どうやらノラは飲まず食わずでもない。
痩せてもおらず、餌をやってもガツつくわけでもない。
本当に不思議な猫だ。
その夜、車庫に繋いだ。

ところが母はこの日もやってくれた。
せっかく繋いだノラをわざわざ逃がした。
「からんどったけん、離した」
いい加減にしてよ。
わざわざ、細い鎖で繋いであったんだから。
あなたの行動は無責任なだけ。
本当の意味での助けじゃない。

翌日、薫子はかかりつけ(?)の獣医に頼み込んだ。
避妊と、尻尾の切断。
同じ痛い目をするのなら一度でと。
薫子の住む県には県獣医師会の支援で
秋になると300頭前後の犬猫の避妊の援助がある。
一頭に付き5000円、補助が抽選で当たる。
最初に飼った「にゃんこ」を除いては
全員これのお世話になった。
「にゃんこ」の時はこういう救済措置があることを知らなかった。
全額自己負担。
さすが猫だけでも13匹となると
この支援はありがたかった。

厚かましいというか、当たる前提で獣医師に頼み込んだ。
それでも、お得意様(?)と言うわけではないけれど
医師は受けてくれた。
何も知らないノラは次の日、獣医のベットの麻酔で眠った。

夜、迎えに行った薫子にノラは不安そうな目で見た。
「ごめんね、ノラ・・・
でも、もう野良猫じゃないんだよ。
傷が癒えたら、みんなと二階住まい。」
このとき、ノラに言葉がわかって、返事が出来たとしたら・・・
「ち・ちょっと待ってよ・・・」って言いそうな気がした(苦笑)


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