タイトル

庭子(ていこ)

珍しい名前・・・
幼なじみではないけれど同級生には違いない。
恐らくこの名前はどこにでもある名前じゃないと思う。
庭ちゃん、彼女は在日朝鮮人だった。
でもね、こどもってそんなこと少しも気にしないのよ。
一昔前なら・・・
もしかしたら差別されていたか解らないけれど。
私は時折庭ちゃんと遊んだし
庭ちゃんは日本生まれで、ワタシと変わったところはなかった。

  ライン

庭ちゃんの両親がどういう理由で
私たちの町にいるのかは知らなかったけれど
あまり、人のやりたがらない仕事をしていた。
ひとつは「廃品回収業」、もうひとつは「養豚業」。
庭ちゃんとワタシが知り合ったのは
ちょうどうちの隣が養豚場だったから。
その頃今ほど排水だの臭いだの苦情を言う人はいなかった。
きっと食べていくのに精一杯だったんだ・・・
その向こう側は市営住宅のような
同じ形の建物がずっと東の端まで続いていた。

日曜日の朝になると庭ちゃんはお父さんと一緒に来る。
豚に餌をやったり、床を洗ったり・・・
でも、実際は小さな庭ちゃんが邪魔になるのか
お父さんはワタシを見つけては
「いっしょ、あそんで」と言う。
お父さんはかなり流暢に日本語を話すけれど
「て・に・を・は」・・・助詞が抜ける。

その頃小さな元骨粉工場だった我が家は
住居面積はわずかだけれど工場の中では
雨の日でも遊べたし、庭もかなり広かった。   
近所のこどもが複数で縄跳びをしたり
ケンパをする広さは充分あった。
それになんの木か解らないけれど大木があって
小さなこどもが一人乗れるブランコがつってあった。

ただ、庭ちゃんは近所のこども達とは遊ばなかった。
日曜の朝、1時間ばかりをワタシと過ごした。

当時【くず鉄】はまだまだ貴重(?)だった。   
こども達は学校の教材の磁石に糸をつけて
学校の行き帰り、地面を引きずって歩く。
面白いほど古釘が集まってくる。
これをバケツいっぱい集めると30円になった。
ほとんどのこども達がそんな方法は知らなかったけれど
ワタシは庭ちゃんのお父さんの
廃品回収の工場でお金に換らえれることを知った。
数人の友達とお小遣いほしさに
放課後ずいぶんあちこち歩いたように思う。
まだまだ、舗装道路なんって無かった時代。
車(バタバタ)が走った後は土煙が舞った。

学校は、校区が違っていて
中学で初めて一緒になった。
ただ・・・
庭ちゃんは、自分がみんなと違うこと
悩んでいたのかもしれない。
彼女の中学時代はワタシのように【オボコイ】ものではなく
かなり波乱に富んでいたようだ。
彼女もまた、どこかに消えてしまった。


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