タイトル

伸吾(しんご)

もしかしたら・・・
伸ちゃんが一番貧しかったかもしれない。
前列で小さく座っている伸ちゃん。

掘っ立て小屋って知っている?
まさに、伸ちゃんの家はそうだった。
それでも、入学式の日の彼は
新しい服を着てそこに座っている・・・
公ちゃんとは違ったいたずらっ子、伸ちゃん。
でも、伸ちゃんはこども心に
みんなの家庭と違うことうっすら知っていた。

  ライン  

幼稚園の頃だったか・・・
あるいはもっと幼いワタシかもしれない。
伸ちゃんに連れられて伸ちゃんちに行ったことがある。
入り口は・・・
むしろが立てかけてあった。

そっと入ると西側は通路の土間。
東側は大きな空間が二間?
そこにもむしろが引いてあった。
家財道具があったかどうか覚えていない。
ワタシは内心これが家?と思ったかもしれない。
奥ではお母さんが寝ていたような気もする。
とても色の黒い、怖そうな人だった・・・
伸ちゃんは沢山の兄弟の末っ子。
一番上のお姉ちゃんは   
もしかしたら・・・
袋貼りか何かの内職をしていたかもしれない。
何となく、そこに居づらくて
伸ちゃんに「外へ行こ!」
そうワタシは叫んだ。

後で、誰かが教えてくれた・・・
伸ちゃんにはお父さんがいないこと、
お母さんが働けないこと。
何でか、あまり近づかない方が良いよって。   
理由はわからなかった。
そして、今も・・・

ライン

伸ちゃんはワタシの家によく遊びに来た。
すり切れそうなゴム草履をいつも履いていた。
その時、父が写した伸ちゃんの写真が一枚。
幼なじみといえるこども達の中で・・・
彼だけが父のファインダーを透して残っていた。

今じゃ考えられないことだけれども
教科書だって、なんだって家庭負担。
お下がりの教科書は当たり前だった。
ワタシは、一人っ子という事情で教科書だけは新しかった。
伸ちゃんの教科書は、お姉ちゃんから何人目か
落書きはいっぱいだし、破り取られているページもある。
隣通しの席になった伸ちゃんは、羨ましそうに
ワタシの教科書をのぞき込んだ。

いつの頃か、伸ちゃんは【怖い存在】になった。
きっと、勉強をしたくても出来なかった、   
優しくなりたくても、強くなければ生きていけなかった・・・
そんな伸ちゃんの小さな叫びが聞こえてくる。

  ライン

どういう訳か中学は12クラスもあったのに
3年間のうち、
比較的同じクラスになることが多かった幼なじみ達。   
伸ちゃんもそんな1人だった。
その上・・・
高校まで同じ学校に通うことになった。

相変わらず、【ゴンタ】に近い伸ちゃん。
それでも、小さなあの日を分け合っているワタシには
罵声のひとつも浴びせたことはなかった。

卒業前のある日、突然伸ちゃんが訪ねてきた。
驚いたワタシは、それでも部屋に招き入れた。
もしかしたら、本当は
伸ちゃんはなにか言いたかったのかもしれない。   
何を話したか覚えていないけれど
1時間ばかりすると帰って行った。

ふと、その時ワタシはあの写真のことを思い出した。
アルバムから急いではぎ取ると伸ちゃんを追った。
黙って差し出した私の手から
伸ちゃんは〈幼いあの日の自分〉を
大切そうに受け取った。
恐らく、伸ちゃんには思い出アルバムはない・・・

伸ちゃんは・・・その後
高校のクラスメートと結婚した。
ワタシはそのことを結婚するまで知らなかった。
伸ちゃんがやっとつかんだ幸せ。
おめでとう、伸ちゃん♪

そう言えば・・・
何年か前ふるさとを訪れたとき
伸ちゃんの家は豪華というのではないけれど
周りの家の倍の大きさはあるような
大きな二階建てになっていた。


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