タイトル

尚子(なおこ)

はにかんだ顔で写真に納まっている尚子。
今どうしているだろう・・・
人生の流転の中で、自分の岸を見つけられただろうか?
ふと、そんな事を思った・・・

尚子は、お嬢様だった。
大富豪とまでは行かなくても
同級生の中ではかなり裕福な家庭の子供であった。

今でこそ寂れてしまったけれど
ワタシが住んでいた町は
四国の東玄関とまで言われた。
その頃、四国と本州を橋で繋ぐなんって事は夢物語。
港には大きな旅客船が日に何度か往復していた。
その向こう側には【一万トン岸壁】と呼ばれる
外国の貨物船が入港する巨大な岸があった。

彼女の両親は、この港で唯一のタクシー会社を経営していた。
まだ個人で車を持つと言うことは考えられない時代。
バス・汽車(本当の汽車・・・煙を吐く)はあったけれど
それでも、タクシーを利用する人は沢山いた。

何人兄弟だったかよくは覚えてはいないけれど
お兄さんは当時結婚していたように思う。
だから、尚子は両親のかなり遅い末っ子だった。
事実は知らないけれど、もしかしたら後妻の子供だったのかも・・・
ワタシが週に二度ほど5円のお小遣いを貰っていたころ
彼女の財布には百円札が何枚かあったかもしれない。
もう、今までは見ることも出来ない板垣退助のお札。

恐らく彼女と出会ったのは幼稚園時だと思う。
こどもの足で彼女の家までかなりあった。
近所の友達ではなかった。
そう言えば、いつのころからか近所のこども達と遊ぶより
彼女の家の近くのこども達と遊ぶことが多くなった。

ライン

彼女は、両親から溺愛されていた。
もちろん、
遅くに出来た女の子と言うこともあったのだろうけれど・・・
もうひとつ、大きな理由があった。
それは右手全面に残ったケロイド。
それを初めて見たとき
こども心にも「ドキッ!」とした。
醜いケロイドの後は四指をピッタリくっつけたままだった。
彼女の右手は【ミトン】のようだった。

それでも、こども達は
ケロイド後を冷やかしたことは一度もないし
尚子も気にしているようなことは、お首にも出さなかった。
鉛筆もクレヨンも、器用にもって書いた。
運動神経も良かった。
ワタシはいつも尚子の後から走っていた。

小学校の入学を終えると
尚子はしばらく学校を休んだ。
ひっついた四指の切り離しに阪大かどこかに行った。
帰ってきた尚子は嬉しそうに
「これでじゃんけんが出来るね!」そう微笑んだ。   
ケロイドは・・・残ったままだったけれど。

彼女の取り巻き(?)のこども達は
彼女の財布の恩恵をかなり受けた。
駄菓子屋か八百屋で
お菓子を買ったり、アイスキャンディを買っては
みんなに配っていたから・・・
尚子のそばでいると、珍しいものが食べられる。
そんな下心もないわけではなかった。

ライン

当時、自転車は大衆の足だったかもしれない。
でも、子供用自転車を買ってくれるような
大人はどこにもいなかった。
こども達は、【よこせ乗り】と言って
大人用自転車を器用に斜めに乗って走っていた。
自転車の背丈の半分にも満たないこどもが・・・

ところが、そこはお嬢様。
尚子は子供用自転車が与えられていた。
こども達は小学4〜5年になると
自転車の乗らなくてはと、切実に思い出す。
その理由は、中学に通うのに自転車通学になるからだった。
男の子達は結構、大人用自転車を操ってうまくなっている。
けれど、家に自転車がない子
大人用自転車を乗りこなせない子は
不安と焦りがにじみ出てくる。

尚子は、児童公園でそんな女の子達の
自転車講習をかって出た。
最初は乗れない子がサドルに乗って
軽くハンドルを握る。   
尚子が荷台に座ってその子を覆うようにして
ハンドルを持って、ペダルを踏む。
やがて、安定感が保たれてくると
彼女は荷台の後ろから押して走った。
自転車は何度か倒れるけれど
嫌な顔ひとつしなかった。

「壊れたら、また買ってくれるよ♪」
そう・・・
彼女にはそう言う安心感がいつもあったのだ。

ライン

しかし・・・
時の流れは、彼女をいつまでもお嬢様にはしてくれなかった。
中学卒業間際、彼女のタクシー会社は倒産した。
跡を取った兄が借金をしたとの噂も聞いた。
家族が散り散りになった。
兄家族はすべて処分すると大阪に出たとも。
残されたのは老親と尚子。
いつの間にか学校から消えていた。

ワタシが高校に入学してまもなく
彼女から便りが届いた。
両親と借家暮らしを始めたこと。
高校に行かず、働き始めたこと。
そんなことが淡々と書かれてあった。
ワタシはなんと返事を書くかずいぶん迷ったように思う。

風の便りで彼女の精神状態が
少しおかしいと聞いたのは、それからまもなくだった・・・


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