(1)手紙

今日の主人公は・・・精霊 もう随分前に懐しい我が家から届いていた手紙を公開しようと思う。
そして、私はまた柔らかな陽射しに包み込まれる物語に足を一歩踏み込んでいく。

夫を亡くしてからもう五年の歳月が流れた。
時の流れは速かったのか遅かったのか、自分では計り知れない。
気がつけば歳月が流れていた・・・これが正直な気持ち。
我が家を新築中に夫はこの世を去った。
自分が遺せた事に唯一満足感を持って・・・

ところが旧宅に思いがけないことが起こったのだ。
元々、しばらくは取り壊さないで長男が住むはずだった。
あまりの荒ら屋に、見かねた夫が天上から指図したのか・・・新宅が出来上がる前に風呂場が漏電した。
夫は消防吏員だった。
まさか、元消防署の職員宅から火事は出せないよね。
予定になかった旧宅の建替えが急遽決まった。
もちろん、長男の借金で・・・
まぁ、元々貯金が出来ない息子だったから 貯金代わりと思えばそれなりに納得のいく選択だった。


そして、取り壊しの前夜 私は心に1通の手紙を受け取った。


ライン

前略
 若奥様 私もそろそろお暇を頂く頃となりました
昭和・・・戦後間もない頃に廃材で建てられた粗末な家ではありましたが
五人の主を野辺に送り、やんちゃな六人の子供たちの声が
今も粗壁の奥から聞こえてきそうです。
昨日、若奥様が全ての荷物を搬出し、残ったのはガラクタ?
或いは想い出の品ばかりになったとき、私に深々と頭を下げられ涙をこぼしながら

「 長い間、有難うございました。」 と

お声を掛けて下さったこと、私は終生 いえ、永遠に忘れません。

 若奥様、いえ、もう立派な奥様でございます。
これからは大奥様として、このご一家の柱とも礎にもなられんことを切に願います。
一口に七十年と申し上げればそれでお終いですが、ご家族にもそれぞれ歴史がございました。
ほんの少し回顧し、私は明日 皆様の待つ向こうの世界へ旅立とうと思います。

 奥様、旦那様が亡くなると同時に、全てを壊し消滅させる事に大きな悔いをお持ちのことも存じ上げております。
けれどもそれは、これからのご一家の再出発の証でもあります。
きっと旦那様もそれを望んでおられると思います。
奥様が向こうの世界にいかれるには、まだだいぶん時間がございます。
私が一足・・・いえ、ふた足早めにいってあちら様のご家族と団らんを味あわせて頂きます。
どうぞ、奥様、悔いの無いようにこれからも生き抜いて下さいませ。
きっと旦那様も、それを心より望んでおいでだと思います。

 人には人の、物には物の引き際がございます。
私はこれにてお暇を頂戴致します。
奥様は、私の過ごしてきた齢の半分以上をご一緒致しました。
お気持ちも阿吽の呼吸で分かっております。
どうぞ、これ以上は何も仰らず私を見送って下さいませ。
これからもご一家の繁栄を心より願っております。
健やかに齢を重ねられ、くれぐれもお体大切に人生を全うして下さい。

                                            早々

若奥様

                                             眠る家

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