タイトル

教師ふたり(その1)

薫子にとって小学時代の教師ふたりは・・・
幼い傷をさらに深くさせた。
彼らは何も知らず、
通りすがりの教え子だったのかもしれないけれど
そう・・・心の隅にも残らない生徒。
ある意味で『教師』は、
子供達が最初に出会う『他人』かもしれない。
親ほどでないにしても、かなりの生活時間を共有する。

教師という立場は・・・子供達にとっては絶対的存在。
まして小学校は一年をとおして
あるいは二年・・・絶対的に彼らの前に君臨する。
よい子でいなければ・・・嫌われないように・・・
半ば野生の勘で子供達は行動する、きっと今も昔も。
薫子は見えない透明の檻を初めて経験した。

小学一年の時 まだ若い女教師。
ある朝、「清潔検査」なるものを彼女はした。
もちろん前日に用意しておくように指導はあった。
<爪切り・ハンカチ・ちり紙(この頃はそう呼んだ)>
この三種類、薫子も前夜父の膝の上で爪を切ってもらった。
深爪の嫌いな人であった。

その日・・・教師は薫子の爪が切られていないと言った。
けれども、薫子は確かに切った!
何度訴えても認められなかった。泣きながら・・・
そして、帰宅した父に話した。
だが・・・父も笑ってすませた。

その学期の終わり、薫子の通信簿の教師欄には
「爪が切られていませんでした」そう書かれていた。
薫子の必死の抗議が逆に教師には
強情な抵抗と映ったらしい・・・
そして、父もまたこの通信簿も笑ってすませた・・・

一年生の薫子が人生で初めて味わった挫折。
あまりにも早かった現実・苦悩。
教師不信の第一歩。
それは小学一年の担任、女教師。
たかが爪切り・・・そう、見苦しいほど
生活に不自由なほどではなかったろうに・・・

担任が過ぎて何年後、ふと街角で出会った。
「かおるこちゃん、こんにちは!」
笑顔で声をかけるあなたに
薫子は冷たく笑う・・・・

ライン

薫子は祈った。
『○○先生だけは当たりませんように・・・』
薫子小学四年の新学期。
しかし、運命は重くのしかかった・・・
名簿を見た薫子の顔は一瞬凍った。

元々○○教師はそう評判の良い教師ではなかった。
俗に言う「えこ贔屓・女たらし・・・云々」
当時はまだまだ珍しいマイカー教師であった。


現実の彼は・・・
子供心にも不気味な存在だった。
なぜこの人が小学校教師なんだろう?!
本気でそう感じたのは薫子ひとりではなかったはずだ。

その上薫子には・・・
クラスの誰よりも違う条件が加算されていた。
それは・・・

薫子の育った時代は、まだ戦後の貧しい時代だった。
養父母は元々は、配合飼料の小さな町工場を経営していた。
骨粉と呼ばれるもので、工場には
サザエやアワビの貝殻がたくさんあったことを
薫子はおぼろげながら覚えている。
父の弟との共同経営のこの工場も資金繰りはかなり難しかった。

思い切って<日銭>が入る小さな食堂を開いた。
父の生家の片隅を借りて・・・
やっと軌道に乗り始めた頃、
その家は、弟の借金の形にとられた。
父は工場を処分して、ある借家を借りようとした。
そこが・・・
薫子の担任教師の持ち家だった。
すでに何年も空き家のこの家は
家賃の高さで借り手がなかった。
ただ。。。当時ではこの地域は一等地であった。
これだけなら、大して問題はなかったのだが
処分して、資金繰りになるはずの工場が・・・
人手に渡るその前に、「不審火」で消失してしまった。
多分父にとっては命綱であったろうに・・・


「薫子は私の家に住まわしてやっている」
平然とクラスメートの前で口にする教師であった。
『1年・1年の辛抱・・・』
薫子は自分自身につぶやき続けた。
そして、父もまた高額な家賃を遅延することなく払った。

成績のよい子・可愛い子には
なめるような言葉で贔屓するこの教師。
成績も中程度・容姿もさほど良くない薫子は
もちろん<贔屓>の対象外であった。

ある体育の時間、ドッジボールだった。
「薫子にボールをやっても下手なだけだ!」
そういって教師は半ば見せしめのように
薫子にボールを与えた・・・
どこにも持って行きようのない怒りが
薫子の小さな胸に灯った。

薫子の目線の先には1人の男子生徒がいた。
彼は・・・
偶然か、あるいはわざとか・・・
ボールをはねとばした。
「やられた〜〜!」
そう、薫子に笑顔で言うと、コートの外に出た。
薫子の心が救われた一瞬だった。


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