タイトル

健康

神様も、さすが少しは遠慮したのか弓彦・薫子・子供達も
大病という大きな波だけは今のところなかった。
もちろん小さな病気はどこにでもあるけれど
とりあえず命に関わるような・・・
大海原で何度も沈みそうになりながらでも
何とかくぐり抜けてきたのは
キャプテン始め乗組員が健康だったことは
何にも増してありがたい・・・
ただ、【怪我】だけは予告もなしにやってくる。

入院・・・結婚生活がいくらか長くなると
どの家庭にも一度や二度は見舞われる。
薫子の椎間板ヘルニアは少し語ったけれど
その前のお話を・・・
ふたつの入院騒ぎ。

ライン

ひとつめは薫子。
これは薫子の不注意以外の何物でもなかった。
ミニバイク転倒・・・相手は道路の穴。
避ければ避けられたのに、その日に限って
まともに落ち込んだ。
そしてその弾みで体ごと飛ばされた。
両膝に打ち込んだかなりひどい痛み。
そんなときでも恥ずかしさの方が先に働く。
今思えば絶対出来ないだろうけれど   
急いで起きて、ミニバイクを起こしてうちに帰った。

けれど、時間と共に歩くことがままならない。
恥ずかしい話だけれど、トイレにさえ動けない。
『普通じゃない』そう思ったのは薫子だけではなかった。
翌日、仕事場から抜け出した弓彦は
休日診療の整形に薫子を運んだ。
医師は『膝亀裂骨折』と告げた。
あの重い石膏のギブスが巻かれた。

まだ、父も母も生きていた。
子供達は両親に託しての入院。
こんな時、子供達は病室に来ても所在ない。
さしたる情愛を示すこともなく
身を隠すようにして後ずさる・・・
なぜだろう?
『親はいらないのかな?!』
そんな不安がムックリ頭を持ち上げる。
冗談・冗談と自分で打ち消しながら・・・

1ヶ月後 、ギブスを切断したその日   
薫子は退院した。
本来なら、後1ヶ月のリハビリが必要なのだけれども。
動かぬ足は、家事がそのままリハビリとなった。
松葉杖をつきながら、家族に助けられて
やっと、まともに歩けるようになったのは3ヶ月後。

ライン

ふたつめは弓彦。
これは弓彦にとってはかなり苦しい怪我だった。
【膝後ろ十字靱帯切断】
職場でなった怪我なら公傷だけれども
これは・・・
少年サッカーの指導中に起こった怪我。
その頃サッカーはブームの波に乗って
たくさんの子供達が入部した。
キャプテンとなった双子の兄。
自ずと親にも《お役》が回ってきた。
保護者会の会長。
時にはコーチが来るまで、子供達を指導する。
たいしたボールではない、
誰かが蹴ったボール、それが後ろからか、横からか
弓彦にあたった。
転倒した弓彦が起きあがったとき
弓彦は膝に違和感を感じた。

かかりつけ医は総合病院へ行くことを勧めた。
O病院、そこには偶然にも人工靱帯の手術に関して
西日本1位とも2位とも言われる医師がいた。
予備手術 ・本手術とも無事終わった。
けれども、この後のリハビリ・・・
弓彦はこの病院でこれだけに短期間で
元に戻した患者は知らないと言うほど
不屈の精神でやり通した。
あの痛みに耐えきれる人はそう多くないと聞く。

弓彦自身、歩けるようになるか不安だったという。
すなわち、職場復帰できるかどうかの瀬戸際だったと。
今頃になって笑いながら言う。
「家族が路頭に迷うがどうかだよ。」

退院後、リハビリも兼ねたサイクリング。
夏休み、三人の子供達は缶ジュース1本に惹かれて
約20kmを汗だくでペダルを踏んだ・・・


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