タイトル

仕事について(2)

薫子の第二の職場・・・
そこは以前のようなたくさんの社員がいるわけでもなく
命に関わるような品物を扱っているわけではない。
ただ、全国組織のこの会社には
春になれば男性社員は人事異動がある。
ずっと地元というわけにはいかない。
支配人(支店長のようなもの)を筆頭に
販売課長・販促課長・総務課長・商品課長
その下に主任・係と配属される。
女子社員は地元採用で転勤はない。
上役と称される人は主に関西出身の人が多かった。
ここで、薫子は仕事と言うより
人としての優しさ・厳しさを学んだように思う。
温かい人たちに包まれて一番平和な時間が流れていった。

特に言葉遣いはここで教えられた・・・
そういっても過言ではない。
別にたいしたことではないかもしれないけれど・・・
間違った日本語の使い方   
あの面接で初めて会った大柄な総務課長
大きな体を揺すりながら、メガネの奥で笑って言った。
「社員から外から電話があって、
<ご苦労様>と言えるのはここでは支配人だけです。
<お疲れ様>と言って下さい。」
今まで、このふたつの言葉は薫子にとって
ほぼ同じ意味で使っていた。
<ご苦労様> これは上のものからのねぎらいの言葉。
<お疲れ様> これは同じ立場のものからの感謝の言葉。
そう言われてみると<ご苦労様>というのは
自分が使うのには高飛車で生意気なように思えてきた。
それ以後、どんな場合でも<お疲れ様>が
薫子の最初の一言になった。

以前の職場と違ってかなり少人数名この会社は
家族的な優しさにあふれていた。
セールスと呼ばれる人は妻帯者もいたし、独身者も何人かいた。
季節ごとの社内の福利厚生に関する催しは手作りだった。
慰安旅行の企画は薫子達事務職が立てたし
クリスマスパーティはセールス達の企画。
手作りの社内交流・・・今もあるのだろうか?

薫子はここで最初の大きな失敗をやらかした。
これはきっと薫子だけが悪いのではないかもしれないけれど・・・
多くの社員に迷惑をかけた。
それは、初めての給料計算。
入社して初めての月末
庶務課に配属された薫子に待っていた試練。
見たことも、聞いたこともない給料計算。
しかも、支配人筆頭に全社員分。
いかに小規模とはいえ、全社員合わすと50人以上はいた。
年休のチェック・残業の計算・・・
気は焦れども遅々として進まない。
振り込まなくてはいけない土曜日午前中
(この頃銀行はまだ土曜営業だった)
出来なかった・・・
すべての社員が帰ってもまだ算盤をはじいていた。
けれども、そこにはじっと辛抱強く待つ
あの総務課長も一緒だった。
やっとできあがったのは・・・夜の9時過ぎ。
振り込むのは月曜の朝。
どんなに早くても、社員の手に届くのは火曜日。
情けない気持ちでいっぱいだった。
給料日は月曜なのに・・・
しかし誰も怒らなかった。
もちろん、その日に入金しなければ困った人もいただろうに。
問い合わせの電話こそ有ったけれど
本当に誰も怒らなかった。
もちろんそれ以後こんなミスは二度としなかった。

そして、この総務課長を薫子は今でも≪オトウサン≫と呼ぶ


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