タイトル

10年恋(片恋)

思春期・・・薫子にもこればかりは公平に与えられた。
誰だって同じクラスに<あこがれの君>はいる。
男女を問わず、一定の時期には必ずやってくる大人への入り口。
その通り、小6の終わり頃から毎年
例の<あこがれの君>は年替わりメニューで訪れる。

そして今回もそのはずであった・・・
というかその様相で終わるはずだった。
一枚の年賀はがきが薫子の心をキュンと射てしまった。

もともとトオルとの出会いはひょんなことから始まった。
13歳の秋、イチョウの枯葉がどこからともなく舞い降りて、
足下からそろそろ冬の気配を感じ始めたある日。
どういう事情だったか・・これも記憶の彼方へと
消え去って、どうしても思い出せない。
とにかく今で言う<学習塾>のはしりのようなところへ
薫子は帰校後通うことになった。
そこは塾とは名ばかりで、ある民家の奥座敷だった。
座卓が4個ばかり置かれてあって、
白髪の退職教員が留守番然のように座っていた。
自作のプリントを配るわけでもなく、
何か本を読んでいたように思う。
そこでの日々は、多分予習・復習だけで、
わからないところを聞きに行く、
そんな自習塾のような感じだった。

薫子はひとりでそこに入塾したけれど、
先客には同じクラスの女子がふたりいて
それなりに楽しい空間だった。
ここが最近とは違う点・・・(笑)
いわば遊び場のようなものだった。

そこにある日、三人組のやんちゃ坊主が通い始めた。
どうやら高校受験のための受験勉強らしい・・・
しかも列車通塾・・・隣町の中学生だった。
それでも、借りてきた猫のごとく
まじめに勉強していた。
受験までのほんの2〜3ヶ月、
それだけのすれ違いのはずだった。

ちょうど1月の寒の入り、その日も寒い日であった。
暖房器具なんって、その頃は何も入っていない。
早めに来た薫子と、三人組のトオルは
たまたま先生を除いてはふたりだけだった。
何が暑かったのか知るよしもないが・・・
トオルは「暑い・暑い!」と言って
北風の舞い込む縁側のガラスの大戸を開け始めた。
風は吹き込む・ノートはめくれる・・・
薫子は黙って閉めた。
トオルが開ける、薫子が閉める。
同じことが何度か繰り返された。
眠ったような<先生>もついには雷を落とした。
その日は結局何も手に着かず
鉛色の心のまま帰宅することになった。

翌日、とにかく薫子はこの白髪の老人に詫びた。
「先生、昨日はすみませんでした。」
しかし・・・この日も薫子より先に来ていてトオルには
どうしても「ごめん」とは言えなかった。
その時、ぼそっと背後から
「ごめん、昨日僕が悪かった・・・」

この一言が薫子の年替わりメニューのひとりとして
突如として加わったのは言うまでもない。
そして年替わりメニュー。
まもなく少年達の姿は見えなくなった。
いよいよ高校受験が近くなったのだ。
そして合格発表。
三人ともそれぞれ目的の学校に合格していた。

薫子中三、新学期。
年替わりメニューの少年達に
また出会って、心うきうきしていたつもりだった。
その頃というか、今でも大半はそうだろうけれど
<あこがれの君>は、それだけで
すべてが友達として交際していたわけではない。
ほのかな憧れ・・・

そんなこんなでその年も暮れ
新年、薫子の家のポストには・・・
思いもしなかったトオルからの年賀状があった。
別に何が書かれていたという訳ではなく
単なる年賀状。
けれど、トオルは元々違う学校の生徒。
「どうやって住所を調べたのだろう?」
かくして薫子の初恋・・・そして10年恋(片恋)は
二年さかのぼって発進したのだった。

月に一度会ったり、手紙の交換をしたり
それなりの学生時代を過ごした、トオルと薫子。
ただ、ふたりの関係はといえば・・・
<友達以上・恋人未満>という鉄則が
なぜか無言の条件のようにひかれていた。
トオルは自分の恋の悩みも薫子に打ち明けたり
薫子の出生がわかったときも
やり場のない薫子の心を支えた。

それはトオルが就職してからも続いた。
トオルは工業高校を卒業すると
某大手電機メーカーの<特機営業所>に配属された。
関西・九州と転勤したけれど
やはり薫子には月一の割合で電話がかかってくる。
もちろん手紙もある・・・
薫子の心に微妙な変化が現れ始めたのも無理はない。
しかし・・・だからといってトオルとの結婚生活は
いくら頭に描いても形にならない。

やがて・・・それが終わりを告げる日がやってきた。
トオルが就職して何年か後。
またしても・・・・年賀状だった。
その年の年賀状にトオルは

春に九州の女性と結婚すると書かれてあった。
やっぱり・・・
その後届いた手紙には、
「これからもずっと友達で・・・」と書かれていた。

「ちょっと待ってよ、
私はあなたの奥様の知らない、過去(悪い意味じゃなくても)を
知っている女なのよ。これからもつきあうって?
それほど無神経な女じゃないわよ。、
自分の知らない世界を共有する女なんって御免被りたいわ。」
都合の良い女?だけにはなりたくなかった。
その日、薫子はトオルに祝いと決別の手紙を書いた。
良い友達だったこと。
薫子の気持ちが少しずつ<愛>に傾いていたこと。
トオルの幸せを心から祈っていること。
そして・・・いつか人生の終わり頃
偶然巡り会って懐かしい話が出来ると良いね。
それだけ書くと薫子の<10年恋>に終止符を打った。

年賀状から始まった恋は年賀状で終わった・・・
薫子はそう思った。
それからしばらくは
この壁をなかなか乗り越えることが出来なかった。
年頃の薫子にもほんの数人ボーイフレンドはいたけれど
なぜか飛び出せなかった・・・

薫子は取り立ててなんの宗教とかを信心しているわけではない。
ただ・・・このとき<輪廻>という言葉が頭をよぎった。
出会いに無駄なものはない。
トオルと出会ったことも、また次の誰かに出会う為の
必然的な出会いじゃなかったかと。

数年後、薫子は弓彦と出会った。
会ったその日、弓彦は
「遊びでつきあうつもりはない。」そう言った。
薫子は人生の伴侶に巡り会った。


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